花散らしの雨が 卯の花腐しの雨となり、
少し強い風が梢を揺らすも、
それにも負けぬ健やかさで新緑たちが濃さを増すころ。
夏を迎える前にということか、
長雨の続く季節がやって来る…頃合いなのだが。
「♪♪♪〜♪♪」
すっかりと瑞々しい緑に染まった下生えの上、
小さなあんよを軽やかに…ぱたたぱたたと弾ませて。
それは小さな坊やがぴょこぴょこと森をゆく。
冬枯れの時期に比すれば、
そろそろ“鬱蒼と”という表現も
相応(そぐ)う様相になりつつある、
そんなほど原生の香の濃い森なので。
現帝とそのご家族がおわしまし、
その周辺には数多の権門も同居する京の都のすぐご近所、
人里どころじゃあない にぎやかさという
繁雑な土地の周縁にありながら。
それでも不思議とむやみに人の立ち入りを許さぬ領域として、
神秘の精気を薄めることなくいる地でもあって。
そうまでのあれやこれやがまといつく、
実は“特別”な森であり丘なこともありの。
坊やご本人がこれまたたいそう幼く、
たった一人でのお散歩には、
少々危なっかしくも見えなくないが、
「はーにゃ・うーぃか、ちょーんちょん♪」
お得意の出鱈目なお唄を口ずさみつつ、
とことこ小走りなその歩調に合わせ、
一丁前な袴姿の小さなお尻から ひょこり現れたそのまま、
穂先がゆらゆらぴょこぴょこ背後に揺れているものが、
坊やを只者じゃあないと知ろしめしてもおり。
「えいちょ、おいちょ。」
コデマリやヤマブキの若い枝が左右から伸び、
柔らかながらも道を遮るのを、慣れた様子で掻き分け押しのけ。
なだらかな傾斜をちょことこ登り詰めての、
は〜ふと一息ついてから。
小さなお手々をお口の傍の左右へ添えて、
背伸びしながらという大仰さで大きく息を吸い込むと、
「あ〜ぎょ〜ん〜、あ〜そ〜ぼ〜っ!」
伸びやかなお声が、
幼いながらも精一杯の大きさで飛び出すものだから。
傍らの梢で小さな身で寄り合いつつも見下ろしていた、
スズメやオオルリといった春先の小鳥たちが、
あわわと驚き一斉に飛び立ったほど。
《 アユを捕まえられる頃合いになったから。》
だから遊びにおいでって ゆわれたの〜〜〜vvと、
約束(やくしょく)したのにね。
その日からこっち、
ちょっとばかり雨脚の強い降りようの雨が続いたものだから、
裏山なんてとんでもないと、
外出禁止令が出されてしまってたおちびさん。
けどでも今日はやっとのことで、
何とか晴れ間が覗くお日和となったので。
鮎がどうのと言うておったが
早瀬にはなるたけ一人で近寄らぬこと、
相手があぎょんでも構うこたねぇ、
ぎゅぎゅうってしがみついて離れんなと。
さすがは怖いもの知らずのおやかま様から、
そんなありがたい助言までいただいて、
よいちょよいちょと伸して来た、おちびさんだったのだけれども。
さて、ここで問題です。
@“あんのやろ、ひとを何だと思っとる”と
呼ばれた誰か様が、同世代の子供扱いなのへ苦笑する。
A“お・しまった、こんな時間か、寝過ごした”と
待ってた間に楢の木の上で居眠りしていたのを、
幼いお声で叩き起こされている誰か様。
B“おうおう、今日もまたお元気だの”と、
赤松の高みから坊やを見下ろしつつ、
しばらく放置して様子見てやろうと構える、
意地悪な誰か様。
C実は…やって来る途中からどころじゃあなく、
術師の住まうお屋敷を出るところから
見守っていた自分にこそ、
少々くすぐったいものを覚えつつ、
「くう、今日は俺に付き合いな。」
「はやや? おととさま?」
こそり付いて来たらしいトカゲの総帥が
何とか坊やの気を逸らさせの、
連れ戻そうとしかかるのを見て、
「おいおい、子離れ出来てねぇんか?」
それへのいちゃもんつけに姿を現しただけ。
そうさ成り行きなんだ、
「あvv あぎょんvv」
嬉しそうに駆け寄って来るおちびを
掻っ攫うよにして連れてく運びになんのは、
奴への面当ての一種なんだ……なんて、
「…なんて、
体のいい言い訳をさせることに繋がるってことが、
どうして判らねぇかな、あの単細胞はよ。」
縄張り意識が強く、
そこから“友釣り”なんていう
おとりの鮎をくっつけた仕掛けでの釣り方が有名な、
そんなアユにさも似たりなこと思わせる。
相変わらずの性懲りもない男親同士の駆け引きの顛末、
その場に行かずとも見え見えだってのと。
広間の一角、蔀(しとみ)や妻戸じゃあなく、
小粋な細工として漆喰壁へ刳り貫かれた、
後の世には“円窓”と呼ばれることとなる小窓越し、
裏山の滴るような緑を見やった陰陽師殿の苦笑を聞いたものか。
屋敷周縁のスズカケや葉桜が、
さわさわ静かに微笑んだようだった、
とある朝とお昼の狭間のひとときでございます。
〜Fine〜 11.06.18.
*例年になく6月中にそれらしい降りようをしている、
今年の梅雨ですが。
近畿地方って、
まだ入梅してないんでしたっけ? あれれぇ?
めーるふぉーむvv

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